神戸地方裁判所 平成元年(ワ)569号 判決 1993年11月24日
原告
住栄興産株式会社
右代表者清算人
林節
右訴訟代理人弁護士
石丸鐵太郎
被告
乙野太郎
右訴訟代理人弁護士
永原憲章
同
藤原正廣
主文
一 被告は、原告に対し、金二七一三万〇四五二円およびこれに対する平成元年四月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、原告において金九〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一 申立
一 原告
1 被告は、原告に対し、金二七四六万六七五二円およびこれに対する平成元年四月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 主張
一 原告
1 請求原因
(一)(1) 原告は、不動産賃貸業、ビル管理業等を目的とする株式会社である。
(2) 大建ビルサービス株式会社(以下「訴外会社」という。)は、ビル管理業等を目的とする株式会社である。
(3) 林節は、原告会社と訴外会社の代表取締役であった。
(4) 被告は、昭和三五年から昭和五九年八月末日まで税務署に勤務したのち、同年一〇月二九日税理士登録をし、税理士事務所を開業した税理士である。
(二) 原告会社(代表者林節)は、昭和五九年一一月、被告との間に、次の内容の税務顧問契約(以下「本件契約甲」という。)を締結した。
(1) 被告は、原告会社につき、税務代理、税務書類の作成、税務相談及びそれらの業務に附随して財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行をする。
(2) 原告は、被告に対し、右(1)の報酬として、一決算期毎に金八万円あて支払うほか、毎月二万円あてを支払う。
(三) 原告会社と訴外会社の事業年度は、いずれも一月一日開始、一二月三一日終了であり、原告会社と訴外会社は、青色申告法人である。
(四)(1) ところで、訴外会社は、業績が振るわず毎年多額の欠損が発生し、原告会社からの資金援助で辛うじて営業を継続していたものである。
そこで、林節は、このような情勢と自らが高年令に達したことを理由に両会社を解散して隠退したいという希望を持っていた。
(2) そこで、原告(代表者林節)は、昭和六〇年五月頃、被告に対し、本件契約甲に基づき、原告会社を解散して株主たる地位に基づき有利に残余財産の分配を受け得るに必要な税務相談をした。
(3) 原告の相談の要旨は、原告の訴外会社に対して有する貸金債権を貸倒損失として損金算入し、これと原告所有不動産の売却によって発生する譲渡益とを相殺勘定することが許されるか否かということであった。
(4) これに対し、被告は、右貸金債権を貸倒損失として損金算入し、右不動産の売却により発生する譲渡益との相殺勘定が可能であること、ただそれを実現する手段として訴外会社を解散させることが必要であると原告(代表者林節)に教示(以下「本件教示(一)」という。)をした。
(五) 訴外会社(代表者林節)は、昭和五九年一一月、被告との間に、次の内容の税務顧問契約(以下「本件契約乙」という。)を締結した。
被告は、訴外会社につき、税務代理、税務書類の作成、税務相談及びそれらの業務に附随して財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行をする。
(六)(1) 原告会社の代表者林節は、本件契約甲に基づく被告の本件教示(一)を信頼し、訴外会社の代表者たる地位にあり、かつ個人で訴外会社の株式を多数有していることを利用して、訴外会社の代表者たる地位に基づき、訴外会社の株主総会を招集し、訴外会社の株主たる地位において、昭和六〇年一〇月二〇日開催された株主総会で商法三四三条所定の特別決議で訴外会社を解散した。
(2) 林節は、同日、訴外会社の清算人に就任し、清算の過程において、原告の訴外会社に対する貸金債権を金四七五七万七七四四円と確定した。
(3) 訴外会社(清算人林節)は、原告から右(2)の債務の免除を受けて、昭和六一年五月二〇日清算を結了し、同年六月二日清算結了登記を経由した。
(4)その結果、原告は、昭和六一年度(第三〇期)決算において、右貸金債権額を貸倒損失として法人税法上損金の額に算入することが可能となった。
(七)(1) 原告の昭和六一年度の損益計算書は、次のとおりであって、金六六三六万四六五六円の当期損失欠損金が発生した。
イ 営業損失
金五八六万三七〇七円
ロ 営業外損失
金一二九二万三二〇五円
ハ 特別損失(貸倒損失)
金四七五七万七七四四円
ニ 当期損失欠損金
金六六三六万四六五六円
(2) この欠損金額には、法人税法上損金に算入できない次の租税・公課(法人税法第三八条)合計一六万七五一四円が算入されているので、それを差引くと法人税法上の昭和六一年度欠損金額は、金六六一九万七一四二円(以下「本件欠損金」という。)となった。
イ 県民税 金一万円
ロ 市民税 金四万八〇〇〇円
ハ 所得税 金一〇万九五一四円
ニ 合計 金一六万七五一四円
(3) 原告には昭和五七年度(第二六期)に発生した法人税法上の青色繰越欠損金六二万八二五八円があった。
(4) 従って、原告の昭和六一年度確定申告では、右(2)、(3)の合計六六八二万五四〇〇円が青色申告欠損金として繰越された。
(八)(1) 法人税法上、青色申告法人においては、各事業年度開始の日前五年以内に開始した事業年度において生じた欠損金額がある場合には、当該欠損金額に相当する金額は、損金に算人することができるのが原則である(法人税法第五七条第一項)。
(2) しかし、右原則は、昭和六一年四月一日から追加施行された当時の租税特別措置法第六六条の一三(以下「旧措置法第六六条の一三」という。)の規定で修正され、昭和六一年四月一日から昭和六三年三月三一日の間に終了する事業年度については、直近一年間に生じた欠損金に限り、損金に算入しえないものとされるにいたった。
(3) 従って、原告の昭和六二年度の確定申告においては、昭和六一年度に発生した本件欠損金を繰越し、損金に算入することができないものであった。
そして、このことは、原告が昭和六二年中に解散した場合の解散確定申告においても同様であった。
(九) 原告は、本件契約甲に基づき、本件教示(一)を信頼して、昭和六二年三月三日、原告所有の別紙物件目録記載の資産(これらを一括して「本件不動産」という。)を次のとおり売却し、金一億三九四九万七五〇九円の固定資産売却益(以下「本件売買差益」という。)が発生した。
イ 売却価格
一億六〇〇〇万〇〇〇〇円
ロ 売却原価
一六五〇万二四九一円
(イ) 土地 三五五万〇〇〇〇円
(ロ) 建物 九四二万五六三一円
(ハ) 造作設備 三四六万九六一四円
(ニ) 備品 五万七二四六円
ハ 売却費用
四〇〇万〇〇〇〇円
ニ 差引売却益
一億三九四九万七五〇九円
(一〇) 本件不動産は、その売却当時の租税特別措置法第六五条の八(以下「旧措置法第六五条の八」という。)に定める「特定の資産」であったので、翌事業年度(昭和六三年度)には、次式によって得られる金一億一一六一万六〇〇〇円(以下「本件益金」という。)から本件欠損金を控除することが可能であった。
譲渡資産の対価の額 差益割合
1億6000万円 ×0.872
×0.8=1億1161万6000円
(一一)(1) 原告(代表者林節)は、昭和六二年五月、本件契約甲に基づき、被告に対し、本件売買差益の処理について税務相談をしたところ、被告は、旧措置法第六六条の一三の規定を指摘して、本件欠損金を昭和六二年度の確定申告において利益控除の対象として損金処理をすることができないので、同法第六五条の七あるいは第六五条の八に規定されている「特定の資産の買換えの場合等の課税の特例」(以下「買換特例」という。)の利用を教示した。
(2) そこで、原告(代表者林節)は、右教示を信頼して、右特例を利用することを決意し、それに必要な適合物件を取得すべく、昭和六二年五月から尼崎市北武庫之荘の物件所有者と交渉を開始した。
(3) ところが、原告(代表者林節)は、昭和六二年八月頃、被告から、「神戸税務署と話し合いがつき、昭和六二年度に原告会社を解散した場合には、その解散確定申告において、本件欠損金を損金算入し、利益控除に利用できることとなったから、買換資産の買収を中止し、直ちに原告会社を解散してもよい。」との教示(以下「本件教示(二)」という。)を受けた。
(4) そこで、原告(代表者林節)は、本件教示(二)を信頼して、直ちに右置換資産の買収交渉を中止し、原告会社の解散を決意し、その解散手続に必要な書類の作成代行を被告に委託した。
(一二)(1) そこで、原告(代表者林節)は、昭和六二年九月二〇日、原告会社の株主総会を開催し、かつ林節が原告会社の多数の株式を有しているところから、商法三四三条所定の特別決議で原告会社を解散した。
(2) 林節は、同日、原告会社の清算人に就任し、原告会社はその代表取締役兼従業員たる林節の退職手当金(以下「本件退職金」という。)を四五〇〇万円と決定し、原告は、同日、林節に対し、これを支給した。
(3) 被告は、原告を代行して、昭和六二年一一月一八日、尼崎税務署長に対し、本件欠損金を損金に算入し、本件退職金を四五〇〇万円とし、①法人税額を七一三万五六八〇円、②事業税額を二二〇万九〇四〇円、③県民税額を四三万四七六〇円、④市民税額を一〇八万〇八四〇円、⑤本件退職金の源泉徴収税額を五八二万八五〇〇円とする原告会社の法人税の解散確定申告(以下「本件解散確定申告」という。)をした。
(4) しかし、原告は、税額六二万八八七一円を前納していたので、右(3)の法人税額七一三万五六八〇円から右前納額を控除した⑥残額六五〇万六八〇〇円が納付すべき差引確定法人税額となった。
(5) 原告(清算人林節)は、昭和六二年一一月二〇日、右(3)の②ないし⑤、(4)の⑥の税額を納付した。
(一三)(1) ところが、被告が代行した本件解散確定申告は、同族会社の留保金額に対する税額の申告を忘れていたため税務当局より修正申告を求められた。
(2) そこで、被告は、原告を代行して、昭和六三年六月二八日、課税留保金額を四七五一万二〇〇〇円とし、これに対する⑦税額を六〇〇万一八〇〇円、⑧差引確定法人税額を一二五〇万八六〇〇円(前記(一二)(4)⑥と右⑦の合計額)とする修正申告をした。
(3) そして、原告は、同月三〇日、右⑦の法人税額を納付し、さらに同年八月一日、その延滞税額二六万七六〇〇円を納付した。
(4) この延滞税額は、被告の誤った手続代行により原告が被った損害である。
(一四)(1) また、原告会社は、林節に対し、本件退職金四五〇〇万円を支給し、その源泉徴収所得税である前記(一二)(3)⑤の五八二万八五〇〇円を昭和六二年一〇月一二日までに納付しなければならなかったにもかかわらず、被告がその源泉徴収税額および納付期限を教示しなかったために右納付期限を経過し、尼崎税務署長より納税告知を受けた。
(2) そして、原告は、昭和六三年四月二八日、これに対する⑨不納付加算税額二九万一〇〇〇円、⑩延滞税額四万五三〇〇円の⑪合計額三三万六三〇〇円を納付した。
(3) 右⑪は、被告の誤った税務指導により原告が被った損害である。
(一五)(1) その後、原告は、尼崎税務署長により本件解散確定申告における本件欠損金の損金算入を否認された。
(2) 被告は、昭和六三年一二月二二日、尼崎税務署の担当係官より修正申告をしなければ更正決定をするとの最後通牒を受けたので、原告(清算人林節)に修正申告をするか更正決定を受けて争うかの選択を求めた。
(3) しかし、原告(清算人林節)は、被告を信用することができなくなり、同日、被告との間に、これまでに発生した債務不履行による損害賠償請求権を留保したうえで、本件契約甲を合意解約した。
(4) そして、原告は、同月二八日、本件欠損金の損金算入を諦めてこれを除外し、⑫法人税額三四九三万八四二〇円、⑬事業税額一〇九四万六九〇〇円、⑭県民税額二一八万六五〇〇円、⑮市民税額五三七万二九〇〇円、⑯差引確定法人税額三五七〇万四九〇〇円とする修正申告をした。
(5) そして、原告は、平成元年一月一一日、右(4)の⑯から前記(一三)(2)⑧の金額を控除した⑰残額二三一九万六三〇〇円を納付した。
(6) また、原告は、同月一九日、右(4)⑭から前記(一二)(3)③を控除した⑱残額一七五万一七〇〇円、右(4)⑬から前記(一二)(3)②を控除した⑲残額八七三万七八〇〇円、右(4)⑮から前記(一二)(3)④を控除した⑳残額四二九万二〇〇〇円を納付した。
(7) 原告は、平成元年一月一一日、尼崎税務署長に対し、昭和六二年九月二一日より同年一二月三一日までの事業年度分(清算事業年度)の県民税二五〇〇円、市民税一万二〇〇〇円、合計額一万四五〇〇円とする予納申告をし、その頃、原告は、右の一万四五〇〇円を納付した。
(8) 原告は、同年二月二七日、同署長に対し、昭和六三年度分(清算事業年度)の県民税一万円、市民税四万八〇〇〇円、合計額五万八〇〇〇円とする予納申告をし、その頃原告は、右の五万八〇〇〇円を納付した。
(一六) 原告は、本件不動産の売却によって保有する資産は金融資産のみとなり、かつ解散し、営業を廃止したから、保有資産の売却による譲渡益あるいは営業による収益は発生しないから昭和六一年度に発生した本件欠損金を繰越してみてもそれを損金として控除する機会を失ない、余計な税額を納付することになり損害を被った。
(一七)(1) 被告の誤った本件教示(二)により、原告(代表者林節)は、買換特例の適用を受ける前に解散してしまった。
(2) 従って適正な税務処理をした場合、すなわち昭和六二年度中に解散をせず、同年度に発生した本件売買差益中の法定額を特別勘定に繰入れ、昭和六三年度になって繰入額全額を繰戻した場合に課税される税額と右(1)の誤った税務処理をすることによって課税された税額との差額が、被告の誤った教示によって原告が被った損害となる。
(3) そして、この差額は、次のイ(ニ)からロ(ハ)を控除した残額二六八六万二八五二円となる。
イ 被告の税務処理による原告への課税額
(イ) 昭和六二年度解散前の決算期
法人税 三六三三万三八二〇円
事業税 一〇九四万六九〇〇円
県民税 二一八万六五〇〇円
市民税 五三七万二九〇〇円
合計 五四八四万〇一二〇円
(ロ) 昭和六二年度解散後の決算期
法人税 〇円
事業税 〇円
県民税 二五〇〇円
市民税 一万二〇〇〇円
合計 一万四五〇〇円
(ハ) 昭和六三年度決算期
法人税 〇円
事業税 〇円
県民税 一万〇〇〇〇円
市民税 四万八〇〇〇円
合計 五万八〇〇〇円
(ニ) 総合計 五四九一万二六二〇円
ロ 適正な税務処理がなされた場合の課税額
(イ) 昭和六二年度決算期
法人税 〇円
事業税 〇円
県民税 一万〇〇〇〇円
市民税 四万八〇〇〇円
合計 五万八〇〇〇円
(ロ) 昭和六三年度決算期
法人税 一九六一万六一〇〇円
事業税 二七〇万六二〇〇円
県民税 一二六万四〇〇〇円
市民税 三一二万〇四〇〇円
所得税(源泉徴収分)
一二八万五〇六八円
合計 二七九九万一七六八円
(ハ) 総合計 二八〇四万九七六八円
(4) 右(3)の二六八六万二八五二円と前記(一四)(2)⑪の三三万六三〇〇円と前記(一三)(3)の二六万七六〇〇円を合計すると金二七四六万六七五二円となる。
(一八)(1) 被告は、本件契約甲に基づき、税理士として、原告に対し、適正な税務指導を行ない、また誤った税務指導を行なってはならない債務を負っているにもかかわらず、次のように、当然なすべき税務指導を行なわず、また誤った税務指導を行なうという不完全な履行をし、それによって原告に対し、前記(一七)(4)の損害を与えたから、本件契約甲(委任契約)の債務不履行(不完全履行)により右損害を賠償すべき責任がある。
(2) 原告は、その営業用資産である本件不動産の譲渡にあたり、買換予定であるとして繰延勘定として経理し、その旨申告さえしておけば、昭和六二年度に発生した巨額の本件売買差益を繰延べることができた。
そして、昭和六三年度に買換を実施し、右繰延勘定により繰延べた利益を昭和六三年度の所得に繰入れ、これと昭和六一年度に発生した本件欠損金とを相殺勘定することにより多額の法人税を適法に節減することが可能であった。
ところが、被告は、旧措置法第六六条の一三の規定があるので、同法第六五条の七、八に規定される買換特例の適用を受けうるように原告に対して税務指導を行わなければならないのに、事業年度の途中に解散した場合は特別の救済措置があり、直近一年間の欠損金も損金算入できると誤信し、原告に対し、右特例の適用を受ける税務指導をすることなく、昭和六二年九月二〇日をもって解散するよう誤った指導をした不完全な履行がある。
(3) 被告は、本件契約甲に基づき、原告を代行して本件解散確定申告をしたが、その際に申告すべきであった同族会社の留保金額に対する税額の申告を忘れた不完全な履行がある。
(4) また、被告は、本件契約甲に基づき、本件退職金に係る所得税の源泉徴収分の納期限の教示をせず、そのために原告に納税を遅滞させた不完全履行がある。
よって、原告は、被告に対し、本件契約甲(委任契約)の債務不履行(不完全履行)に基づく損害賠償として、金二七四六万六七五二円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年四月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 抗弁に対する認否
抗弁事実はすべて否認する。
二 被告
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)ないし(三)の各事実は認める。
(二)(1) 同(四)(1)の事実は認める。
(2) 同(四)(2)の事実のうち、被告が原告(代表者林節)から本件契約甲に基づき原告会社の解散に関する税務相談を受けたことは認めるが、その余は否認する。
(3) 同(四)(3)の事実は認める。
(4) 請求原因(四)(4)の事実のうち、被告が原告(代表者林節)に対し、原告の訴外会社に対する貸金債権を貸倒損失として損金算入すること、これと本件不動産の譲渡益との相殺勘定が可能であると教示したことは認めるが、その余は否認する。
(三) 請求原因(五)の事実は認める。
(四)(1) 請求原因(六)(1)の事実のうち、原告主張日時に訴外会社の株主総会が開催され、特別決議で訴外会社が解散されたことは認めるが、林節が被告の指導に基づいて訴外会社を解散させたことは否認する。
(2) 同(六)(2)ないし(4)の各事実は認める。
(五) 請求原因(七)、(八)の各事実は認める。
(六) 同(九)の事実のうち、原告が昭和六二年三月三日、本件不動産を原告主張のとおり売却し、金一億三九四九万七五〇九円の本件売買差益が発生したことは認めるが、その余は否認する。
(七) 請求原因(一〇)の事実は認める。
(八)(1) 同(一一)(1)の事実は認める。
(2) 同(一一)(2)の事実は知らない。
(3) 同(一一)(3)の事実は否認する。
(4) 同(一一)(4)の事実のうち、原告(代表者林節)が被告の教示に従って買換資産の買収交渉を中止したことは認めるが、その余は否認する。
(九) 請求原因(一二)の各事実は、いずれも認める。
(一〇) 同(一三)の各事実は、いずれも認める。
(一一)(1) 同(一四)(1)、(2)の各事実は認める。
(2) 同(一四)(3)の事実は否認する。
(一二)(1) 請求原因(一五)(1)、(2)の各事実は認める。
(2) 同(一五)(3)の事実は否認し、(4)ないし(8)の各事実はいずれも知らない。
(一三) 請求原因(一六)の事実は否認する。
(一四)(1) 同(一七)(1)の事実のうち、原告(代表者林節)が昭和六二年度中に解散したことは認めるが、その余は否認する。
(2) 同(一七)(2)の事実は否認する。
(3) 同(一七)(3)の事実のうち、冒頭の事実は否認し、イ、ロの各事実は認める。
(4) 同(一七)(4)の事実は否認する。
(一五) 同(一八)の各事実のうち(3)の事実は認め、その余の各事実は否認する。
2 抗弁
(一)(1) 原告は、かねてから業績不良であり、昭和六二年には、その唯一の営業用資産であった本件不動産を売却するに及んだため、昭和六三年以降全く収益をあげることができなくなり、これ以上営業の継続は困難で会社を解散せざるを得なくなった。
(2) そこで、被告は、昭和六二年一一月頃、原告から右不動産の売却によって得た利益についての課税の軽減方法について税務相談を受けた。
(3) 右相談を受けた被告は、神戸税務署に赴き、右のような状況で原告会社が解散した場合の損金処理の方法につき担当者に尋ねたところ、昭和六一年以前からの欠損金を繰入れ、昭和六二年度の損金算入処理を行なうことができるとの回答が得られた。
(4) そこで、被告は、その旨を原告に伝え、原告を代行して、当該年度の確定申告(但し同年九月に解散することになったので、解散確定申告)を尼崎税務署長に提出した。
これは、その後、原告の本店が尼崎市へ移転したため、所轄税務署が神戸税務署から尼崎税務署に変ったためである。
(5) ところが、尼崎税務署の見解は、右(3)の神戸税務署の見解と異ったので、交渉をしたところ、直ちに修正申告すれば少なくとも加算税、延滞税等は免除するとの妥協案を示唆された。
(6) そこで、被告は、原告に対し、異議申立をして徹底的に争うか、あるいは修正申告をするかの指示を依頼したが、何の連絡もなかった。
(7) 以上の次第であるから、被告にはその責に帰すべき理由はなく、債務不履行責任を負うべきいわれはない。
(二) 原告は、法人税法上、欠損金を損金算入し、益金から控除する機会を失ない損害を被った旨主張するけれども、右(一)(1)のような業績からみて多くの収益を上げうる状況にはなく、仮に解散をせずに会社を継続していたとしても、損金算入の前提となる利益がなく、本件欠損金を控除する余地はなかった。
従って、原告が昭和六二年度において本件欠損金の損金算入ができなかったからといって、直ちに原告に損害が発生したということはできない。
(三) また、原告は、会社継続の決議をしていれば本件欠損金の損金算入ができたにもかかわらず、これをしなかったから、原告には損害の発生・拡大に過失がある。
(四) また、会社が解散する場合において、清算所得が発生すれば、当然課税の問題が生じ、残余財産の価額がいくらになるかを確定する必要があるが、この場合に過去に欠損金が発生していれば、その分だけ残余財産の額が小さくなるのであって、課税において考慮されていることになる。従って、欠損金の損金算入ができないことによって課せられた税額が直ちに原告の損害となるものではない。
(五) 本件退職金については、原告会社の解散後に、原告から過分の退職金が解散の日に遡及して支払われた形で処理してほしいとの委託を受けて、被告がその申告手続を代行したものであって、その際には既に本件退職金の源泉所得税の法定納期限を徒過していたのであり、原告もこれを了解していたのであるから、原告が不納付加算税・延滞税を課税されたとしても被告にはその責に帰すべき理由はなく債務不履行責任はない。
第三 証拠<省略>
理由
一1 請求原因(一)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 <書証番号略>と原告会社代表者本人の供述(以下「原告供述」という。)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和三二年一〇月四日設立された株式会社であり、その発行済株式総数は一九、六〇〇株であって、林節は、昭和五〇年五月頃までに右株式の多数を取得して、その代表取締役に就任したこと、訴外会社は、昭和五〇年五月一四日設立された株式会社であり、その発行済株式総数は二〇、〇〇〇株であって、林節は、昭和五五年一〇月までに右株式の多数を取得して、その代表取締役に就任したことが認められる。
二請求原因(二)、(三)の各事実は、当事者間に争いがない。
三1 請求原因(四)(1)の事実は、当事者間に争いがない。
2 原告供述によれば、林節は、大正三年六月一一日生で、昭和六〇年当時七〇才に達していたこと、原告は、本件不動産のほか、もと神戸市中央区古湊通のガレージ(一〇〇坪)、同区栄町通五丁目の事務所(七〇坪)を所有していたが、右ガレージを昭和五六年に、右事務所を昭和五七年頃に順次売却して、その代金を訴外会社に貸付け、その経営を援助してきたが、その貸付債権は多額に上っていたことが認められる。
3 請求原因(四)(2)の事実のうち、原告(代表者林節)が被告に対し、本件契約甲に基づき、原告会社の解散に関する税務相談をしたことは、当事者間に争いがない。
4 また、請求原因(四)(3)の事実は、当事者間に争いがない。
5 請求原因(四)(4)の事実のうち、原告(代表者林節)が被告から、原告の訴外会社に対する貸金債権を貸倒損失として損金算入すること、これと本件不動産の譲渡益との相殺勘定が可能であるとの本件教示(一)を受けたことは、当事者間に争いがない。
6 原告供述と弁論の全趣旨によれば、原告(代表者林節)は、昭和六〇年五月頃、被告に対し、右3ないし5認定の相談をし、被告から、訴外会社に対する貸倒損失を確定するために、まず訴外会社を解散させる必要があるとの教示(本件教示(一))を受けたことが認められ、被告本人の供述(以下「被告供述」という。)中右認定に反する部分は、前掲証拠と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
四1 請求原因(五)の事実は、当事者間に争いがない。
2 原告供述と弁論の全趣旨によれば、原告の代表者林節は、右三6認定の本件教示(一)を信頼して訴外会社の解散を決意し、訴外会社の代表者として、本件契約乙に基づき、被告に対し、その解散に関する税務処理の代行を委託したことが認められ、被告供述中右認定に反する部分は前記証拠と対比して採用することができず、他に認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、請求原因(六)(1)のその余の事実及び同(2)ないし(4)の各事実は、当事者間に争いがない。
3 法人が他に貸金債権を有する場合において、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、担保の差入や他からの融資を受ける見込みもなく、事業の再興が望めないような場合のように、右債権が回収不能であることが客観的に確認できる場合には、右債権を貸倒損失として損金算入が許されると解するのが相当である。
4 それゆえ、本件においても前記三1、四2の各認定事実と原告供述によって認められる訴外会社が競争業者が多くて収益性に乏しく、資産を有しないため担保提供を受けることができず、却って原告のみから多額の融資を受けて辛うじて存続してきたため、原告からの貸金債務が累積していった事実を併せ考えると、右3の法理に照らし、前記2認定の貸金債権額を原告の貸倒損失として、法人税法上損金算入が許されると解するのが相当である。
五請求原因(七)、(八)の各事実は、当事者間に争いがない。
六1 同(九)の事実のうち、原告が昭和六二年三月三日、本件不動産を原告主張のとおり売却し、金一億三九四九万七五〇九円の本件売買差益が発生したことは、当事者間に争いがない。
2 原告供述によれば、原告が本件不動産を売却するにいたったのは、原告が被告から前記三5認定のとおり本件教示(一)を受けてこれを信頼したためであることが認められる。
七請求原因(一〇)の事実は、当事者間に争いがない。
八1請求原因(一一)(1)の事実は、当事者間に争いがない。
2 原告供述と弁論の全趣旨によれば、請求原因(一一)(2)の事実が認められる。
3 原告供述と被告供述によれば、請求原因(一一)(3)の事実が認められる。
4 同(一一)(4)の事実のうち、原告(代表者林節)が被告の教示に従って買換資産の買収交渉を中止したことは、当事者間に争いがない。
5 原告供述によれば、同(一一)(4)のその余の事実が認められる。
九請求原因(一二)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
一〇請求原因(一三)の各事実は、当事者間に争いがない。
一一1 請求原因(一四)(1)、(2)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 右1の事実によれば、同(一四)(3)の事実が認められる。
一二1 請求原因(一五)(1)、(2)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 原告供述と弁論の全趣旨によれば、同(一五)(3)の事実が認められる。
3 <書証番号略>および弁論の全趣旨によれば、請求原因(一五)(4)ないし(8)の各事実が認められる。
一三1 原告供述によれば、請求原因(一六)の事実のうち、原告が本件不動産の売却によって、その保有する資産は金融資産のみとなり、かつ解散によって営業を廃止したから、もはや収益(益金)は発生しなくなったことが認められる。
2 法人税法第一四条によれば、法人が事業年度の中途において解散をした場合には、当該事業年度関始の日から解散の日までの期間が一事業年度とみなされる。
3 そして、同法第一〇四条によれば、清算中の内国普通法人は、その残余財産が確定した場合には、その確定した日の翌日から一月以内に、税務署長に対し、清算確定申告をしなければならない。
4 そこで、原告は、昭和六二年一一月一八日に前記九認定のとおり本件解散確定申告をしたものである。
5 そして、同法第九三条第一項によれば、内国普通法人の解散による清算所得の金額は、その残余財産の価額からその解散の時における資本等の金額と利益積立金額等との合計額を控除した金額とされる。
6 しかし、右解散時点において、繰越欠損金が残存していたとしても、これは右5の控除科目である「資本等の金額と利益積立金額等」には含まれないから、原告としては、解散によって益金取得の機会を喪失した以上、前記五認定の本件欠損金を繰越して損金算入することにより、法人税の課税所得の範囲を減縮し、それによって減税を受ける機会を喪失したものということができる。
7 被告は、原告の業績が悪く、解散がなくても本件欠損金を控除する余地はなかったから、原告に被害はない旨抗弁するけれども、たとえ原告に営業収益が期待できなくても、原告には他方で多額の本件売買差益があり、これと本件欠損金の相殺勘定の余地が残っていたのであるから、被告主張の右抗弁は失当である。
一四1 請求原因(一七)(1)の事実のうち、原告(代表者林節)が昭和六二年度中に解散したことは、当事者間に争いがない。
2 原告供述によれば、原告(代表者林節)は、被告の本件教示(二)によって、右のとおり解散したことが認められる。
3 請求原因(一七)(3)イ(被告の税務処理による原告への課税額)の事実は、当事者間に争いがない。
4 そして、原告が解散をせず、買換特例の適用を受け、昭和六三年度において本件欠損金と相殺勘定をして、同額を損金として右繰延益金から控除して、法人税の課税所得の計算をした場合における原告に対する課税額が請求原因(一七)(3)ロのとおり二八〇四万九七六八円となることも、当事者間に争いがない。
5 そこで、前記3認定の五四九一万二六二〇円から右4認定の二八〇四万九七六八円を控除すると、残額は、金二六八六万二八五二円となる。
6 右5認定の金二六八六万二八五二円が解散により原告が節税できなかった金額ということができ、原告は、前記一二3認定のとおり、これを納付している。
一五1 法人が所有不動産を売却し、その売却益を次期以降に繰延べるには、旧措置法第六五条の八第一項所定の買換特例の適用を受けなければならない。
2 そして、前記二認定のとおり、原告は、青色申告法人であるが、法人税法第五七条第一項によれば、青色申告法人は、各事業年度開始の日前五年以内に開始した事業年度において生じた欠損金額がある場合には、当該金額に相当する金額は、当該各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しえるものとされている。
3 しかし、右2の原則は、旧措置法第六六条の一三第一項によって修正され、同条項によれば、法人の昭和六一年四月一日から昭和六三年三月三一日までの間に終了する各事業年度の所得に係る法人税法第五七条第一項の規定の適用については、同項中「開始した事業年度」とあるのは、「開始した事業年度(当該事業年度開始の日前一年以内に開始した事業年度を除く。)」とされた。
4 そして、前記二認定のとおり、原告の事業年度の終了日は一二月三一日であるから、昭和六二年度の確定申告については、右3の法理により直近一年間に発生した欠損金である本件欠損金の損金算入は許されないこととなる。
また、このことは、原告が本件不動産売却後で昭和六二年中に解散した場合の解散確定申告(本件解散確定申告も同じ。)についても妥当する。
5 そこで、原告が本件欠損金の損金算入を実現するためには、右2、3の法理に照らし、昭和六三年(ないし昭和六六年)の確定申告において実現しなければならないこととなる。
一六1 前記一四4の認定事実と右一五5の認定事実を併せ考えると、原告が被告に希望していたように、本件不動産の売買差益と本件欠損金の相殺勘定による法人税等の節税という目的を実現するためには、昭和六二年度において買換特例の適用を受けて右差益を昭和六三年度まで繰延べ、かつ同年度確定申告において右売買差益(益金)から昭和六一年度欠損金(損金)を控除しなければならなかったのである。
2 そして、前記一1認定のような被告の職歴および税理士としての資格・経験等に鑑みると、被告には、前記法人税法及び租税特別措置法の各規定の法意を十分理解しておくべき職務上の義務があったというべきである。
3 そうすると、被告としては、税務相談を内容とする本件契約甲(委任契約)に基づき、原告に対し、右1判示のような適正な税務処理上の教示をし、かつそれに適合する税務の代理及び代行をして税務相談の目的を達成すべき債務を負担していたといわなければならない。
4 ところが、被告は、原告に対し、前記八3認定のように本件教示(二)をしているのである。
5 しかし、右教示の内容のうち、「神戸税務署と話し合いがつき、昭和六二年度に原告会社を解散した場合には、その解散確定申告において、昭和六一年度に発生した本件欠損金六六一九万七一四二円を損金算入し利益控除に利用できることとなった」旨の部分については、被告供述中に神戸税務署の担当官から旧措置法第六六条の一三の規定の解釈として、そのようになる旨の教示を受けたので、被告もそのように信じた旨の部分がみられるけれども、同条文自体に照らし、そのように解釈できず、他にそのように解釈しうる法的根拠も見当たらないことに徴すると、右部分は採用することができない。なお、仮にそのような事実があったとしても、被告の税理士としての租税に関する法令に精通すべき職務上の義務を何ら軽減するものではなく、前記2の義務には何ら影響はないというべきである。
6 そうすると、本件教示(二)は、右1において説示した適正な税務処理に照らし、客観的に誤りであったということができる。
7 従って、被告は、前記のような税務相談を内容とする本件契約甲に基づき、原告に対し、適正な教示ないしは税務指導をなすべき債務を負担しているにもかかわらず、誤った教示(本件教示(二))を行なったという不完全な履行をしたものといわなければならない。
8 原告は、この誤った教示を信頼した結果、買換資産の取得を中止して、買換特例の適用を受ける機会を失なって、本件売買差益の繰延ができなくなり、また昭和六二年度中に解散したため、本件欠損金の損金算入ができなくなったものである。
9 原告は、それによって、前記一四6認定の損害を被ったものであり、かつ右損害は被告の右7の不完全履行と相当因果関係がある損害と認められるから、被告は、原告に対し、前記のような税務相談を内容とする本件契約甲の債務不履行に基づく損害賠償として、右損害金二六八六万二八五二円を賠償すべき責任があるといわなければならない。
10 被告は、原告が会社継続の決議をしていれば欠損金の損金算入ができたのに、これを怠った過失があるから過失相殺すべきである旨主張するけれども、原告は、その唯一の営業用資産である本件不動産を売却した当該年度(昭和六二年度)においてその買換資産の予定を申告しておらず、本件売買差益の繰延べの機会をすでに失っていること、また、原告会社は、右売却によりその唯一の営業用資産を失い、原告清算人林節の年齢からみても原告会社に新たな収益はもはや期待できないことに鑑みれば、被告の主張するような原告会社の継続を原告会社(清算人林節)に期待することは困難と言わざるを得ない。
そうすると、原告には被告主張のような過失はなかったというべきであるから、被告主張の右抗弁は失当である。
11 次に被告は、解散による清算所得の確定における残余財産の価額の計算にあたり、過去に欠損金が生じていれば、その分残余財産が減少し、課税の面で考慮される旨主張し、一部因果関係を否認ないしは損益相殺の抗弁を主張するので以下判断する。
(一) ところで、解散による清算所得に対する法人税は、法人税が取得原価主義によっているところから生じる資産の含み益を解散により法人が消滅する前に実現させて清算して課税することを主たる目的とする財産法的視点によるものであるのに対し、貸倒損失等による欠損金の繰延制度は、継続企業の税負担を調整することを目的とした損益法的視点によるものであり、両者その目的(および計算方法)を異にし、欠損金の繰延制度を利用するかどうかは解散による清算所得の確定にはなんら影響を及ぼさないというべきである。
(二) なるほど、被告が主張するように過去の事業年度において、貸倒損失による欠損金が生じていれば、当該事業年度における会社財産の減少を通じて清算所得確定の際の残余財産の価額の減少に結果として反映され、したがって、その分清算所得に対する法人税の減少に反映されてくるといえる(なお、過去の事業年度において控除できなかった欠損金を、清算所得の段階であらたに残余財産の算定にあたり控除することができないことは清算所得に対する法人税の目的〔および計算方法〕に照らし明らかであるから、被告の主張を善解する。)。しかしながら、本件においては、昭和六一年度に生じた本件欠損金を繰延べ控除できなかったことによって、多額の法人税等を納付せざるを得なくなった損害が問題となっているのであり、右(一)において説示したように損益法的視点から継続企業の税負担を調整することを目的とした欠損金の繰延べ控除制度を利用するかどうかということは、財産法的視点からの清算所得の確定になんら影響を及ぼさないのであるから、被告の主張は原告会社の損害をなんら左右するものではなく、その主張は損益法的視点による各事業年度の所得計算と財産法的視点による清算所得計算とを混同したものであり、主張自体理由がないというべきである。
一七1 法人税法第六七条によれば、内国法人である同族会社の留保金額について特別の法人税が課税されることとなっているところ、被告は、前記一〇認定のとおり、同族会社の留保金額に対する特別の法人税の税額の申告を失念したため、原告は、延滞税二六万七六〇〇円の課税を受けてこれを納付した。
2 従って原告は、被告の租税に関する法令に精通し、適正な納税義務の実現を図るべき職務上の注意義務を怠った右1の不完全履行によって、右1の延滞税額相当の損害を被ったもので、かつ相当因果関係があると認められるから、被告は、原告に対し、税務代理を内容とする本件契約甲の債務不履行に基づく損害賠償として、右損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。
一八1 退職手当金の所得に係る所得税の源泉徴収義務者が納期限を徒過して納税告知を受けた場合には、国税通則法第六七条により不納付加算税、第六〇条により延滞税が課税される。
2 そして、右退職手当金の源泉徴収所得税の納期限が退職手当金支給月の翌月一〇日であることは所得税法第一九九条の規定に照らして明らかである。
3 それゆえ、原告から、本件契約甲に基づき税務代理の委託を受けた税理士たる被告は、当然右1、2の各規定を了知しているべき職務上の義務がある。
4 そして、被告が原告に対し、原告会社が林節に対して支給した本件退職金の源泉徴収所得税および納付期限を教示しなかったため、原告に対し、不納付加算税および延滞税が課税されたことは当事者間に争いがないのであるから、特段の事情のないかぎり被告には、本件契約甲に基づき、職務上当然なすべき教示、指導ないし手続代行等の税務代理をしなかった不完全な履行があるというべきである。
5 そこで、以下、被告主張の抗弁(五)について検討する。
(一) 原告が本件退職金の源泉徴収所得税(本税)を納付したのは昭和六二年一一月二〇日であることは当事者間に争いがない。
(二) そして、右争いのない事実、<書証番号略>、原告供述(後記認定に反する部分は除く)および被告供述によれば、林節が被告に本件退職金の相談を持ち掛けたのは原告会社が解散した昭和六二年九月二〇日以降であり、その話の過程で本件退職金が四五〇〇万円と決まったこと、そして同年一〇月中旬頃、現実に本件退職金が林節に支給されたが、原告会社が株主総会の承認のもと、その解散の日である昭和六二年九月二〇日に本件退職金を支給したように帳簿を作成していたことから、被告としても本件退職金の支給年月日を右解散の日に遡らせて確定申告(<書証番号略>)をしたことが認められる。
(三) 従って、右認定事実に照らせば、被告にはおよそ本件退職金の納付期限を教示する機会がなかったというべく、被告主張の抗弁(五)の事実はこれを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
6 そうすると、被告には、原告の前記のような税務指導ないし税務代理を内容とする本件契約甲の債務不履行に基づく右不納付加算税・延滞税相当三三万六三〇〇円の損害賠償請求につき、責めに帰すべき事由はないから、原告のこの請求は理由はない。
一九そこで、前記一六9認定の損害金二六八六万二八五二円、前記一七2認定の損害金二六万七六〇〇円を合計すると、金二七一三万〇四五二円となる。
二〇以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し、前記本件契約甲(委任契約)の債務不履行に基づく損害賠償として、金二七一三万〇四五二円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年四月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官辰巳和男 裁判官石井浩 裁判官山田整)
別紙物件目録<省略>